1999年1月17日号
韓国映画鑑賞

日本に戻ってきて1年近く経過します。 だんだんと韓国の記憶も薄れていってしまいます。 たまには韓国のことも思い出さないといけない、と思い、近くのレンタルビデオ屋さんで韓国映画を借りてきました。

近所のビデオ屋さん数軒に行きました。 どこも香港、中国映画の陳列棚はありますが、残念ながら韓国映画だけのコーナーはありませんでした。 くななく店内を探していると「戦争映画」のコーナーが見つかり、韓国製の戦争映画3本を借りてきました。 以下はその感想です。

シルバースタリオン 銀馬将軍は来なかった
映画の製作は1991年ですが、物語の舞台は朝鮮戦争時代の江原道の田舎の村です。

朝鮮戦争の前線の移動に伴って、このような田舎の村にも米軍が近くまで進駐してきます。 ヒロインのオルレは夫に先立たれ、マンシギと言う名前の息子と暮らしていますが、夜陰に紛れて米兵がオルレの家に侵入しレイプされてしまいます。 儒教精神が支配している古い集落では「貞操を守りきれなかった」と村八分にされます。 米軍の進駐につれて移動してきた娼婦のリーダーがオルレに同情し仲間に加わることをすすめ、 はじめはためらっていたが、結局は生活のためにその仲間に加わる。

やがて北朝鮮人民軍が優勢となり米軍は釜山に後退することになり娼婦達も米軍に伴って移動の準備をはじめる。 村人も故郷を捨てて南への逃避行にはいる。 自分にひどい仕打ちをした村人に対しても餞別を贈り、自分は娼婦から足を洗い息子と一緒に南を目指して逃避行を開始する。

原 題:銀馬は来ない Silver Stallion
製作年:1991年
監 督:張 吉秀
主 演:李 恵淑(オルレ役)

これはなかなかいい映画です。 韓国社会における儒教、戦争、伝統とその崩壊、をこれだけのストーリーのなかでうまく表現していると思いました。

1991年モントリオール世界映画祭で主演女優賞を受賞した李 恵淑は賠賞美津子を小柄にしたような感じで、 なかなか雰囲気がある女優です。 彼女が出演している映画をもっと見てみたいですね。

ホワイトバッジ2 戦場の青き狼たち
97年8月30日号でホワイトバッジ(白い戦争)の感想を書きましたが、これは続編でも何でもなく、単に韓国軍のベトナム派兵を扱っている、という共通点だけで命名されたようです。 日本の題名をつけるときに元祖ホワイトバッジ(1992年製作)の好評に便乗し、それよりも1年前に作られたこの映画に命名したものと思われます。

主人公のジョンウォンは大学の教育学部からベトナム派兵に志願していたのだが、激しい戦闘で次々に倒れる同僚を見るにつれ、ベトナム戦争に韓国兵が参戦していることに疑問を持つようになる。 そんなあるとき、美しいベトコンの少女とひょんなことから恋愛関係になる。 100年間ものあいだ戦争の渦の中にあるベトナムと、同じく外国に蹂躙され続けた韓国の共通点が二人の気持ちをより強く結び付けた。

なお、原題の「蒼い袖」は美しいベトコン少女、レイ(河 有美)が着ていたベトナムの民族衣装(アオザイ)に由来していると思われます。

原 題:蒼い袖 Green Sleeves
製作年:1991年
監 督:金 裕a
主 演:李 宗元(韓国兵)
河 有美(ベトコン少女)

残酷な戦闘場面などそれなりよく描かれているが、テーマがぼけていて訴える迫力に欠けているように思いました。 出てくる小銃などは本物ですから、ガンマニアには堪えられないでしょうね。

ホワイトバッジ3 戦狼たちの墓標
この映画も元祖ホワイトバッジにあやかった名前で、元祖より2年も前に作られたものです。 主人公の李元兵長はベトナム戦争後、17年ぶりにベトナム訪れる。 結婚を約束したベトナム人のホアを見つけるためだった。 ホアとは戦争中に知り合い結ばれたが、韓国に戻る最後の戦闘で負傷し、意識を回復したときはベトナム戦争が終わり、ホアとは再会できなかった。 17年ぶりの記憶を頼りについにホアを探しあて再会する。 ホアは李元兵長の子供を生んだが、その子供も死んでしまった。 今は結婚し、新しい生活を送っている。 李元兵長は心に大きな空洞を感じながらホアと別れ韓国に戻る。

原 題:はるかに遠いサイゴン A Saigon Too Far
製作年:1990年
監 督:黄 東柱
主 演:李 洞浚(李元兵長)
テュエット・ニュアン(ホア)

30万人もの韓国兵が派遣されたのですが、ベトナムでは悪いこともたくさんしたようです。 現在でも韓国/ベトナムの混血児は多いですし、ベトナムに進出した韓国企業の評判が悪くIMF時代とあいまって撤退する例があるようです。 野村進著「コレアン世界の旅」によりますと、ベトナム人から「デーハン(大韓の意味)」と言って恐れられているようですね。


もっと韓国映画を見たいのですが、戦争映画のコーナーにしか置いていないのは残念です。 韓国では日本大衆文化の開放が進められていますが、逆に日本でも韓国文化に接しやすくなってほしいものですね。


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