1999年8月29日号
李 正馥さんが作った飛行機


8月12日号でお知らせしました、李 正馥さんの「体験報告」は成功裏に終わりました。 内容的には「椎名さんに会いたい」 と同じですが、本人から直接聞くのは迫力があり、聴衆への訴える力には大きなものがありました。

李さんの体験は想像を絶する暴虐の世界であり、そちらに目を奪われるあまり、李さんたちがどんな仕事をしていたのかが忘れ去られてしまいがちです。 今日の報告は李さんたちが「お国のため」と一生懸命に作った飛行機を紹介します。
 

名称:

艦上爆撃機 「彗星」

海軍記号:

D4Y1

エンジン:

アツタ20型、
水冷、逆V12気筒

搭乗人員:

2名

設計:

海軍航空技術廠
(設計主務:山名正夫技師)

製造会社:

愛知航空機株式会社、
(名古屋市)

生産台数:

1812機(D4Y1〜4合計)
愛知航空機(株)での生産数

上の写真は靖国神社内の「遊就館」に展示されているものです。 戦後、南方諸島で発見されたものを日本に持ち帰り、復元したとのことです。

水冷エンジンを用い、スマートな外形をしており、模型マニアの間では「もっとも美しい旧日本軍機」との評価を得ています。  本来の用途は、爆弾を搭載して航空母艦から発進し、敵の船を急降下爆撃するものです。 視界を良くするためと速度を上げるためには、スリムな水冷エンジンが適していたのでしょう。 このエンジンはダイムラー・ベンツからのライセンス生産ですが、当時の日本の工作技術と材料では信頼性が低く、稼働率が上がらなかったとのことです。 なお、陸軍機の「飛燕」も同型エンジンのライセンス生産したものを使っています。 陸軍と海軍の両方がライセンス契約を行い、ドイツ人から「日本は陸軍と海軍と別々に契約した。 日本の軍隊はどうなっているのか」とあきれられたとのことです。
 

設計主務者の山名正夫技師は、戦後、東大にもどり、航空工学の権威として有名でした。 昭和40年代の民間航空機事故多発時代には、事故調査委員会のメンバーとして活躍し、「パイロットの操縦ミス説」に大勢が傾きつつある中で、「機体不具合説」を提唱した人として有名です。 彼の技術追求肌の性格からか、彗星の設計は、技術の最良を追うあまり、量産性、整備性、信頼性を欠くものとなったようです。  後からは何とでも言えるのでしょうが、これではいくら設計が優れていても、兵器としては失格でしょう。 時代もこの機体を必要とすることが少なくなり、量産を始めた昭和18年の暮れ頃には、搭載されるべき航空母艦も撃沈されて少なくなり、主として陸上機として使われたようです。  さらに後になってからは、敵の船に爆撃を仕掛けようとしても制空権を取られていては出番が少なくなり、本来の目的から離れて、特攻機として260機もの多数が使われたとのことです(遊就館にある説明文による数字)。  

日本軍用機についての著作が多い、碇 義朗さんの「海軍空技廠」から、この飛行機についての言葉を以下に引用します。
 

高性能を優美な姿態に秘めた「彗星」は、その名のごとく、はかなく消えゆく彗星にも似て悲劇の飛行機であった。

李 正馥さんたちが歯を食いしばって生産に励んだ飛行機が「悲劇の飛行機」とはむなしいかぎりです。



[付録]

左の写真は彗星とともに展示されている「アツタ」エンジンです。 さすがベンツの基本設計だけあって、すばらしいものがあります。 現在は飛行機エンジンの主流はジェットになっていますが、この頃の最新技術は現在の自動車エンジンに受け継がれております。

右端に見える渦巻きはスーパーチャージャーです。

写真では見えませんが、真下からのぞき込んだら、気化器ではなく各気筒ごとにノズルを持った燃料噴射式になっていることがわかりました。

スパークプラグは各気筒ごとに2個のダブルプラグです。

排気量は、資料が見つかりませんでしたが、3万ccくらいではないかと想像します。

 

注:その後、読者のMOYさんからアツタエンジンについての技術資料を送っていただきましたので、以下に添付します。 

液冷倒立V型12気筒 排気量 33,960cc ボア 150mm ストローク 160mm

形式

圧縮比

離昇(最大)出力

公称出力

全長

全幅

全高

重量

馬力

回転数

過給圧

馬力

回転数

過給圧

高度

11型

6.8

950

2400rpm

+200mm

950

2350rpm

+60mm

3900m

1720mm

712mm

1000mm

655kg

12型

6.8

1200

2500rpm

+325mm

1050

2400rpm

+150mm

1600m

2097mm

712mm

1000mm

655kg

32型

7.2

1500

2800rpm

+310mm

1310

2600rpm

+250mm

1700m

2132mm

712mm

1030mm

712kg



’99年の目次に戻る
呉 光朝HP掲示板に進む