1997年11月10日号

グラスゴー(英国)訪問記


「落書帳」でグラスゴーに行ったことがあると書きましたら、読者の「りなぽん」様も行ったことがあるとのことで、 懐かしくなりましたので、訪問記を書いてみます。

今から3年半前に仕事で3ヵ月間に3回ほど訪問し、通算15日くらいの滞在ですから、 ソウル、台湾ほどには深く書けませんし、「見聞記」の内、「聞」の部分は少ないです。 欧米人は仕事の後に一緒に飲みに行く習慣が少ないので、長い間滞在してないと、「聞」の部分の取材は難しいでしょう。


グラスゴーは英国、スコットランドで一番大きな都市です。 世界地図を見ると判りますが、 英国は日本と同じ島国ですが緯度的には日本より北にシフトしております。 首都、ロンドンはイングランド南部にあり、札幌と同じくらいの緯度です。 グラスゴーに至っては、樺太の最北端とほぼ同じ緯度です。 従って、私が行った6月末(夏至の頃)ですと白夜に近く、PM11時過ぎまで空が明るかったです。

「グラスゴー」の発音
グラスゴーの発音は「グラス」の後に僅かな間を置き、「ゴー」で、中国語の4声ほどではありませんが、少し下げ気味に発音します。 全体として「人をオチョクルような感じの発音」です。 私の会社で出張から帰ってきた人は、 挨拶がわりに「グラスゴー」と言うのがしばらく流行しました。

スコットランドでの英語の発音は米国英語やイングランドとも違っており、 慣れてないと非常に聞きにくいです。 梨泰院の飲み屋で、たまたま隣にすわったロンドン出身の英国人でさえ、 「我々でもスコットランドの言葉は良く判らない」と、言いました。
スコットランド人の発音を聞いていますと、韓国語のパッチムに似ているような感じがします。 韓国語の最後の子音は唇を閉じますが、こちらは唇を閉じるのが僅かに遅れるようで、 我々日本人には最後の子音が韓国語よりも激しく聞こえます。
スコッチウイスキーの本場なので、英国名物のPUBで何回かスコッチを飲みました。 日本人では、カッコウを付けて「スカッチ」と発音する人がいますが、 本場のスコットランド人は「スコッチッ」と発音します。 ハングルで「ロッテホテル」と書いた「ッ」の発音と同じような感じですが、もう少し強く聞こえます。

街の印象
空港を出て、予約してあったレンタカーを借りました。 国際免許を持っていなかったのですが、 以前から持っていた、フロリダ州の免許を見せ、「日本人だが、以前、フロリダに住んでいた」と、言ったらOKでした。 レンタカー代はアメリカよりも随分高く、日本なみです。 借りた車はイタリア車のFIATです (別の時に英国フォードのモンデオも借りたことがあります)。 英国ではAT車は少なく、MTでしたが、私はこちらの方が好きですし、イタリア車の軽快さを楽しむには最適でした。 「エアコンが付いてないの?」と聞いたら、「スコットランドではエアコン付きの車は無い」と言われました。 そりゃぁそうですね。 樺太最北端の緯度ですからね。

日本と同じ右ハンドルですので、とまどうこともなく、貰った地図を頼りにグラスゴーの街に入って行きました。 中心街は6F建てくらいのビルが並んでいますが、近代的な外観のビルでなく、18世紀の感じの石作りのビルです。 丁度、パリの古い街並の感じです。 但し、ビルの色が、パリはアイボリーに対して、こちらは黒っぽいのです。 ですから、昼であるにもかかわらず、暗い印象を与えます。 新築時は白かったそうですが、 酸性雨の影響で長い間に黒くなったとのことです。 この街並は保存が指定されているのでしょうか、 改築中のビルもありましたが、隣のビルと同じくらいの高さに合わせてありますし、外観もクラッシクなままにしてありました。 パリの街並も同じような規制があると聞いたことがあります。

街の歴史
たまたま、仕事で行っただけで、それほど調査をしておらず、16世紀頃までの歴史は知りません。 しかし、産業革命以後、しばらくの間は、世界の最先端ハイテク都市であったのは事実です。 スコットランドは偉大な科学者、発明家を輩出しており、グラスゴー大学は今でもスコットランド随一ですが、 「斜陽」と言うか「栄枯盛衰」を感じさせます。
蒸気機関を発明したワット

電磁気4つの方程式で有名なMaxwell。 彼は24歳で大学教授になった大天才です。
私は、その24歳に近い年齢であるにもかかわらず、卒業に必要な電磁気学の単位を落とし、 追試の勉強のためMaxwellの方程式を、意味もわからずにクソ暗記した経験があります。 同じ人間なのに何という大きな違いでしょうか。

一時は世界の船の50%以上(70%?)が、ここ、グラスゴーで製造されたのです。
有名なタイタニック号は、アイルランドのベルファーストで進水したそうですが、 グラスゴーでも、市内から大西洋に流れるグライド川沿いの造船所で、クイーン・エリザベスなどの有名船が製造され、世界の海へ旅だって行ったようです。

グライド川
観光地ではないので、見るべきものは少なく、グラスゴー大学近辺の静かな佇まいか、 グライド川沿いの風情を楽しむくらいでしょう。

地図を見ると判りますが、グライド川は、川と言うよりも大西洋から大きく内陸に切れ込んだ湾のようにも見えます。 事実、市内では川幅が30mくらいしかありません。 市内では川幅が狭いにもかかわらず、 橋が少なく、渡し船があります。 乗り場には待合室があり、地ビールを飲みながら、 渡し船が帰ってくるのを待つのもオツなものです。
川は、下流に向かって行くと、急激に川幅が広がり、閉鎖された造船所のクレーンが錆びたまま放置されているグリノック辺りになると、 川と言うよりも湾が実感できます。 確かに、ここなら巨大船を作ることができたことがわかります。 その栄光の造船所も全て閉鎖され、多くが放置されています。 造船はハイテクと共に、労働集約産業であり、 戦後、安い労賃と、戦争のために蓄積された造船技術を駆使する日本に完膚なまでに叩きのめされたのです。 皮肉なことに、日本の造船技術は、日清/日露戦争の軍艦の多くがイギリスから購入され、その技術を自分達の手の内に入れ、 改良・発展させたものだったのです。

余談になりますが、日露戦争の日本海海戦でロシアの大艦隊を待ち受ける日本の連合艦隊は、 鎮海付近に集結しておりました。 軍艦の数で勝るロシア艦隊を待ち受ける彼らの胸中はいかがだったことでしょう。 彼らが尊敬していたのは、300年前にこの鎮海沖で、船の数で劣勢ながら、船の構造を研究改良し、 地形や潮流をうまく使って日本を撃破した、李舜臣将軍だったとのことです。
嘘か真か判りませんが、本当だとしたら、たとえ昔の敵であっても「いいものは、いい」と素直に評価する日本人の気性が表れている話です。
そして、その造船王国、日本も今では、総トン数で韓国に抜かれてから久しいです。 時代の流れを感じさせます。 韓国も労賃が上がっておりますので、いつまで王座が続くかは予断を許しませんが....

グライド川沿いに「A8」と呼ぶ高速道路(無料)があります。 都市部を出ますと、美しい風景を楽しむことができます。 グライド川を下流の方に向けて、大西洋まで見通す景色は本当に奇麗でした。 A8は出口も沢山ありますので、好きなところで降りて、付近を楽しむことができます。 ホワイト・ホースの工場の看板を見つけたので、降りて行ってみましたが、夏期は操業してないようでした。 スコッチ・ウイスキーは寒いときしか生産しないのでしょうか。

日曜日には、グライド川を渡って、スコットランドの内陸部に向かって走って見ました。 奥の方にいけば、「ネス湖の怪物」で有名な「ネス湖」、「ゴルフ発祥の地、セントアンドリュース」があります。 時間の関係でそこまで行きませんでしたが、途中にある昔の古い城を使ったレストランで食事をし、 中世の貴族の雰囲気を味わうことができました。


「落書帳」にも書きましたが、グラスゴーでは一回も日本人を見ませんでした。 また、日本料理店が無い街に行ったことも少ないです。 代わりに中華料理店に行きましたが、 味は結構イケます。 香港から来た人が多いのでしょう。 同じく、旧英国植民地であるインドの人も多く、本式のインド料理を味わうことができます。

スコットランドについては、エジンバラなど、まだまだ書きたいことがありますが、今回の一回で終了します。


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