1997年6月9日号

廃墟の鳩


3連休最後の日になりました。 アパートに篭ってHTML書きでもなかろうと、 Tさんが、市内案内に連れて行ってくれました。

行き先は冠岳区にある奉天(ポンチョン)です。 通勤の途中に地下鉄駅があるのですが、 地上を見るのは初めてです。
都市再開発が進むソウルで、消え行くタルトンネ(脚注参照)の記録をしておこうと言う目的です。 タルトンネが城北区にあることは聞いていましたが、奉天にもあったのは知りませんでした。

観光の人は絶対に行きませんが、私には「恐いもの見たさ」の気持ちがあるのは正直なところですが、 実際に人間が生活している(た)雰囲気を味わうのが好きなのです。

20年位前に「地の果てアルジェリア」に3週間滞在したことがあり、 有名な「カスバ」を見学し、感じいったものです。 その後、「カスバ」を舞台にした「望郷」や「アルジェの戦い」を見たさに、 図書館のビデオ鑑賞を探し回ったことがあります(この二つの映画は名画ですよ。 まだ見てない人は、是非、見てください)。

また、台湾で、 戦前のゴールド・ラッシュの時に金鉱の仕事に従事していた日本人の街(金爪石) にある廃墟を見学した時は、感慨深かったものです (金鉱の付近は、台湾映画でグランプリ受賞作「非情城市」に描かれています。 これも名画です)。


タルトンネに入っていくと、ブルドーザーが入った跡があり、ゴミが散乱しています。 取り壊しが始まっているのです。 さいわい、日曜日なので、取り壊し作業は行なわれていませんでした。 ふと足元を見ると、家を壊されたために住み家が無くなったのでしょうか、 一匹の鳩が未舗装の道路を歩いていました。 「廃墟の鳩」だなぁー、と思いました。
さらに坂を登ると、「立ち退き」に抵抗しているのでしょうか、 人の住んでいる家もわずかに残っていましたし、取り壊し途中の家もありました。

散乱したゴミの山を踏みわけて、半壊のままの家の中に入ってみました。 ソウルの寒い冬をしのぐために暖を取ったのでしょう、練炭の燃えガラや、 粗末な便器など、確かに生活の臭いがしました。 自動車も入れない狭い急坂の小さな家にどうやって運び込んだのか、 200リットル位の大きな冷蔵庫やビデオデッキなども放置されていました。 社会の発展に伴って、こういったところにも近代化の波は押し寄せたようです。

丘の頂上まで登り、反対側を降りました。 驚くことに、反対側は普通の住宅街です。 そして、丘の稜線に沿って、「ミニ・万里の長城」がありました。 タルトンネと普通の住宅街を隔てる垣根です。


あと一年もしたら、地下鉄駅も近いですし、 近代的な高層アパート群に生まれ変わるのでしょうが、生活臭も無くなって行くのでしょうね。 韓国のカメラマンで、だれか記録している人がいるのでしょうか。 私がもう一年早くソウルに来ていたら、毎週でも撮影しに来たのに.....


タルトンネ(タル洞内)
「タル」は[月]を表わすKorea固有語で、 「洞」は日本の[町]にあたる。 すなわち「洞内」は[町内]の意味。 結局、タルトンネで[月に近い町内]と言う意味になる。
下層階級の人は、山を登った(月に近い)、不便なところに家を建てざるを得なかった。

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